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最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)1440号 判決 1980年12月11日

上告人

沢出商事株式会社

右代表者

沢出淑子

右訴訟代理人

松井順孝

山崎利男

被上告人

長谷川善雄

外八名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山崎利男の上告理由一及び二について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同三について

原審の適法に確定したところによれば、上告会社は本件建物を譲り受けるとともに本件各土地の賃借権の譲渡を受けたが、右賃借権の譲渡については賃貸人である被上告人らの承諾を得ることがなく、また、右賃借権の無断譲渡について被上告人らとの信頼関係を破壊するものと認めるに足りない特段の事情があるとはいえないというのであるところ、所論は、要するに、被上告人らの右無断譲渡を理由とする契約解除権は、右賃借権が無断譲渡された昭和三四年一月三一日から既に一〇年の経過をもつて時効により消滅したにもかかわらず、右契約解除権が時効により消滅したとは認められないとした原判決には民法一六六条の解釈適用を誤つた違法があるというのである。

しかしながら、賃借権の譲渡を承諾しない賃貸人は、賃貸借契約を解除しなくても、所有権に基づき、譲受人に対しその占有する賃貸借の目的物の明渡を求めることができるのであり(最高裁昭和二五年(オ)第八七号同二六年四月二七日第二小法廷判決・民集五巻五号三二五頁、同昭和二五年(オ)第一二五号同二六年五月三一日第一小法廷判決・民集五巻六号三五九頁、同昭和四一年(オ)第七九二号同年一〇月二一日第二小法廷判決・民集二〇巻八号一六四〇頁)、賃借権の譲渡人に対する関係で当該賃貸借契約の解除権が時効によつて消滅したとしても、賃借権の無断譲受人に対する右の明渡請求権にはなんらの消長をきたさないと解するのが相当であるから(最高裁昭和五二年(オ)第二六〇号同年一〇月二四日第二小法廷判決・裁判集民事一二二号六三頁)、論旨は、ひつきよう、原判決の結論に影響を及ぼさない事項について違法をいうものにすぎず、採用することができない。

同四及び五について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定に沿わない事実に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

上告代理人松井順孝の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響を及ぼさない部分を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤崎萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人山崎利男の上告理由

一、二<省略>

三、(解除権の消滅時効)

(一) 原判決は上告人が契約解除権は「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」、本件でいえば昭和三四年一月三一日から期間が進行するから、被上告人らの契約解除権は時効により消滅している旨の主張を排斥したが、右は民法第一六六条の解釈適用を誤るものである。

(二) 原判決は、賃貸人の承諾なく第三者が賃借物を使用収益している状態が継続しているかぎり、賃貸人と賃借人との信頼関係は繰り返し破壊されていることとなり、従つて、賃貸人の契約解除権もこれに応じて日々発生するものと解するのが相当であると判断している。

(三) しかしながら、原審判決の右判断には不服である。原審判決のような考えもできるかも知れないが、第一審判決のような考え(尤も始期の点は不服ではある)もできるのである。

右両方の考えに対し、上告人は右(一)のように主張したのであるが、原審判決は前記のようにこれを排斥したが、以下の点から民法第一六六条の解釈適用を誤つていると言わなければならない。

契約解除権の消滅時効は「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」から期間が進行するものである。

本件のように土地の占有のような事案にあつては、原審判決のように日に新たに信頼関係がくり返し破壊されていると理解するのは、極めて技巧的な理解で、実態に則しないと言うべきである。土地の占有につき日に新たな信頼関係がくり返し破壊されるとは、日に新たな不法行為が継続するのだと理解されているもののように思われる。しかし、土地の占有のような場合は、原審判断のように不法行為(本件が不法行為に該るか否かは別として)が継続するというよりも、侵害行為(本件が侵害行為に該るか否かは別として)、換言すれば、前記賃借権の譲渡という一回の行為により形成された占有使用という状態が、継続して存在すると解すべきである。爾後に、その状態が継続するとしても、同一状態が持続する限りに於ては、当初の賃借権の譲渡という一回性の行為により生じた状態は、仮りに不法行為、侵害行為に該当するとしても、日時の経過により減退するはずである。しかして、右状態が長期間に亘り継続すれば、右状態をそのあるままの姿で肯認しようとするのが時効制度の趣旨である。しかるところ、被上告人らは前記のように昭和三四年一月三一日から契約解除権を行使し得たにも拘らず、これを行使せずに上告人の本件各土地の占有使用状態を容認してきたといえるのであるから、被上告人らの上告人に対する契約解除権は右日から一〇年を経過したときに時効により消滅しているものである。

右のように解しなければ、民法第六一二条の契約解除権はほとんどの場合、消滅時効にかからないことになる。

(四) 右のように、被上告人らの契約解除権は時効により消滅しているから、上告人は本訴で消滅時効の援用をするものである。しかして、援用に関し、上告人に援用権を肯認しなければ、被上告人らに対し完成した時効による直接的利益主張ができなくなるので、上告人は援用者であると言うべきである。<以下、省略>

上告代理人松井順孝の上告理由<省略>

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